医療事故に対する組織的改革の決定本!『失敗の科学』

読書ネタ

こんにちはー!
「失敗は成功のもと」なんて言いつつも失敗はコワイ、
ドクターコンちゃんです!

医療ミスをなくすための良い本がないかと探していたところ、
『失敗の科学』1)という本を見つけました。

2015年に書かれた本のため、
ややデータが古いところもあるでしょうが、
大変ためになりました。

本全体に一貫したメッセージは、
失敗から学ばねば進化なしです。

医療に関わりそうな内容だけを簡単にご紹介します。

一般的な手術での医療事故

この本は、いきなり冒頭から医療事故に関するエピソードで始まります。

副鼻腔炎で耳鼻科での手術を受けることになった37歳女性。

術前に主治医から、

「リスクはほとんどありません。ごく一般的な手術ですから」

と説明がありました。

しかし、全身麻酔がかかってから、トラブル発生。

ラリンジアルマスクが挿入できず、気道確保ができない事態に陥ります。

その後、医師たちは必死に気管挿管を試みるも、うまくいきません。

患者さんがチアノーゼになり、ベテラン看護師が機転を利かせて、

「気管切開キットの準備ができました」

と声をかけるも、医師たちは何の反応も示さず、挿管操作を続ける・・・。

結果、低酸素状態で脳にダメージが残り、13日後にこの患者さんは亡くなります。

この患者さんの夫は医師から、

「避けようがなかった。偶発的な事故だった」

と説明を受けます。

実はこの患者さんの夫、
マーティン・ブロミリーさんはパイロットであり、
航空業界における安全性確保のためのシステムを良く知る『失敗のプロ』でした。

そういった背景があってか、
マーティンさんが病院側に、
事故原因の調査を依頼しましたが、
裁判にならなければ調査は行っていないと説明を受けます。

航空業界における失敗との向き合い方

ここから、航空業界がいかに安全性を確保するため、
過去の失敗から学ぶシステムを構築しているか、という話になります。

確かに、現代において、飛行機事故はほとんど起きないですよね。

それに対して、当時のアメリカで医療事故による死者はめちゃくちゃ多かったと書かれています。

2013年『Journal of Patient Safety(患者安全ジャーナル)』の論文では、
回避可能な医療過誤による死亡者数は年間40万人以上にのぼるとのことです。

これを、航空業界と対比して、
『ボーイング747が毎日2機、事故を起こしているようなもの』
と表現されています。

さて、航空業界での取り組みについてご紹介します。

「上下関係」がチームワークを崩壊させる

かつては、冒頭の医療事故のような状況が、
航空業界にもあったそうです。

1978年、ユナイテッド航空173便の墜落事故。

着陸の際に、車輪が降りてロックしたことを示すランプが点いていないというトラブルが起きます。

車輪が出ていなければ、
危険な胴体着陸の必要があるため、
機長は車輪が出ているかどうか、
何か確認の方法がないか頭を巡らせます。

考えながら上空で旋回しているうち、
燃料が減っていきます。

クルーが、燃料切れになることを機長に進言しますが、
集中して対処法を考えていた機長の耳に届いていなかったようです。

機長の権限は絶対のため、
クルーもそれ以上強くは言えなかったようです。

機長は考えることに夢中になるあまり、
時間の感覚を失い、
ついには燃料切れになり、この飛行機は墜落します。

なんだか、冒頭の医療事故の状況と酷似していますね。

この航空事故の後、独立した機関の調査によって、
コックピット内で、機長とクルーとで良好なコミュニケーションが取れないシステムが問題であるとされました。

その後、パニック時でも、
円滑にコミュニケーションが取れ、
協力できるチームワークを構築するための訓練法などが、
システムとして導入されます。

医療業界にも、そのまま当てはまりそうな部分もありますね。

独立した外部機関による事故調査がなければ、
こういった真の原因は見つからず、
当人たちも失敗に気づかず、
結果、同様な事故が繰り返されることになる、とのことです。

全世界の航空関係者が、過去の失敗から学べる環境

航空業界では、事故があると、
外部機関が事故原因を調査します。

この調査内容は、民事訴訟に使ってはいけないことになっており、
関係者は自分の責任が追及される心配がないので、
聞き取り調査にも全面的に協力できるようです。

そして、その調査結果は、
全世界の航空業界関係者がアクセスし、
閲覧できるようになっているとのことです。

医療業界では、冒頭のエピソードのように、
裁判、すなわち民事訴訟(または刑事訴訟)にならなければ、調査は行われないわけです。

調査 = 当事者の民事(または刑事)責任追及ということになります。

この考え方は、失敗の原因として、
どこまでもヒューマンエラーだけに囚われています。

ヒューマンエラーは必ず起きるので、
システムとして人間の不完全性を補おうというのが、最近では常識です。

これでは航空業界のように、
本人も気づかないような本当の事故原因を調査し、
システムとして医療事故を起きなくすることは不可能でしょう。

この本全般で言及されていますが、
犯人探しをしたがるという、
世間一般の人間の特性から脱却することが、
医療界にも必要なのでしょう。

失敗から学ぶために重要なキーワード

本のすべてを紹介するのは無理なので、
文中で紹介される重要なキーワードに沿って説明します。

医療業界でも重要なキーワード

クローズド・ループ現象

西暦2世紀、ギリシアの医学者ガレノスが
「瀉血」(血液の一部を抜き取る治療)を広め、
今ではあり得ない治療法ですが、
当時は最高の頭脳を持った人にとっても、
これが最良の方法と信じられていました。

瀉血をした患者が治れば、
「瀉血の効果があった!」と言われ、
瀉血をした患者が亡くなれば、
「瀉血でさえ治せないほど重病だったのだ」と言われたそうです。

現在では、瀉血により重度貧血に陥れば、
命を縮めるのは当然と考えます。

しかし、瀉血の有効性を批判的に、
科学的に検証しなければ、このループから抜け出せません。

このように、ある方法が正しいと妄信して、
その前提条件でしか物事を考えないことを、
「クローズド・ループ現象」と呼んでいるようです。

航空事故、医療事故においても、
そのループの外にいる外部の人間が、
あらゆる前提条件を批判的に調査しなければいけない、ということですね。

認知的不協和

かつてアメリカで、少女に対する猟奇的な暴行殺人が起き、容疑者が捕まります。

その容疑者は警官の厳しい尋問で、
自白を強要され、服役となりました。

しかし、後にDNA鑑定の技術が生まれ、
その容疑者の体液と、
現場に残った体液のDNAが一致しなかったことで、
冤罪の可能性が高くなりました。

しかし、こういったケースでは、
警察や判事に冤罪の申し立てをしても、
容易には認めないそうです。

科学的、客観的な証拠を突き付けられても、
「現場には第3者もいたのだ」など、
あり得ない話をいきなり浮上させたりして、
自らの過ちを認めないことが多いようです。

これは、自分の失敗を認めることが、
世間の評判を落とすだけでなく、
自分の信じてきたものを否定されるという、
とてつもない精神的苦痛であるからです。

その精神的苦痛から逃れるために、
事実を認めないという、
論理的におかしな方向に意識が向かいます。

これを「認知的不協和」といいます。

エリートほど、認知的不協和に陥りやすいそうです。

医療でも、医師側は完璧という幻想を追い求めるあまり、
認知的不協和に陥るようです。

つまり、失敗を失敗と認めないので、
当然、進歩はありません。

失敗と認定されなかった情報は開示・共有されるはずもなく、
また同じ失敗はどこかで繰り返される、というワケです。

認知的不協和という人間の特性を理解すれば、
外部機関による事故調査が大切であることがよく分かりますね。

近年のビジネス界における重要なキーワード

ここからは、近年のビジネスの世界で、
失敗からいかに成功に結びつけているか、がメインの話です。

最近のビジネス界では、敢えて早く小さな失敗を繰り返すことで、
そこから学び、最速で進化することが求められているそうです。

つまり、改善点や最適解を見つけるために、
敢えて失敗を見つけ出すということです。

航空業界や医療業界のように、
失敗をゼロにするために失敗から学ぶ、
というのとはやや趣が違います。

しかし、取り組み方、考え方としては大変参考になります。

マージナル・ゲイン

自転車レースのチームや、メルセデスのF1チームの成功の秘訣について紹介されています。

ありとあらゆる細かいデータを収集して、
その一つ一つについて改善を図ることで、
総合的にタイムを縮めることに成功している、ということです。

これは、医療における、
表に見える大きなアクシデントの背景に、
無数の小さいミスが存在するという考え方と似ていますね。

全体として大きな対応策を考える前に、
小さいミスを減らすため、
その報告をマメにオープンに行うのが大事ということですね。

これは形式上は、どこの病院でも行っていますね。

リーン・スタートアップ

これは、IT企業などが、
新しい事業をトライアルとしてまずは小さく始めて、
顧客からフィードバックをもらってどんどん改善し、
高速で完成形に近づけ、
それから大々的に売り出す、という考え方です。

アプリのベータ版トライアルとかですね。

医療では、患者さん相手に、
いきなりトライアルするのは健康被害の危険性があるので難しいですね。

あてはまるとしたら臨床試験というところでしょうか。

RCT(Randomized Controlled Trial: ランダム化比較試験)

RCTは臨床研究では、
最も信用できる研究モデルとして、今や当たり前のものです。

よもやビジネス界でも使われているとは知りませんでした。

かのGoogleも意思決定の場で、
たくさん利用しているようです。

例えば、サイトのロゴの色の違いで、
広告クリック率が変わるか、
ということを知りたいとき。

カスタマーのアクセスをランダムに、
ロゴの色が違う二つのサイトに振り分け、
どちらのグループがクリック率が多かったかを調べるそうです。

臨床現場では、RCTは、
本物のクスリを飲むグループと、
偽薬を飲むグループに分けて、
実際に本物のクスリを飲むグループで治療効果が高いかどうかを見る、
などの使われ方をします。

被験者を募集したり、
研究にマッチする被験者かどうか検査したり、
倫理的問題をクリアしたり、
長い期間かけて被験者を観察・検査したりと、
GoogleのRCTに比べて遥かに大変です。

しかし、前述の瀉血療法の有用性を調査するときなど、
その方法が正しいのかどうか、
どの方法が失敗が多くなるのかなどを判断するのには、
非常に強力なツールです。

事前検視(pre-mortem)

検視は、人が亡くなったときに死因を調べるために警察が行うものです。

検視の現場に立ち会うこともある立場としては、
この言葉はやや不謹慎な気もしますが・・・。

ビジネス界での事前検視とは、
何か事業を行う前に、
事業が失敗したと想定して、
先に失敗原因を想像してすべて挙げていき、
その失敗しそうな原因を潰しておくことで、
成功確率を上げるというやり方です。

まさに、事業が死ぬ前に(事前)、
その死因を調べる(検視)ということですね。

医療現場で生かすなら、
手術前に、失敗する原因を先に想像しておいて予防に努めたり、でしょうか。

ただしこれは、一人でやるより、
関わる人間すべてがディスカッションすることで真価を発揮するでしょうね。

まとめ

本の最後の方では、
どんなことでも人間が上達なり成長するためには、
失敗した時に「自分には向いていない」とすぐ決めつけず、
何度でも失敗を繰り返し改善していこうとする
「成長型マインドセット」が必要だと述べられています。

上記の例として、
デビット・ベッカムやマイケル・ジョーダンが、
たくさん失敗してきた記憶を語るエピソードが挙げられています。

また、人間の科学進歩は、
失敗と向き合うことで起きてきたと説明されます。

ボクら医療人は、
個々人としては上記のような失敗から学ぶ姿勢を忘れずに、
医療界全体としては、航空業界を見習い、
失敗から学ぶシステムを構築しなければならないのだと、再認識しました。

本の冒頭で亡くなった患者さんの夫、マーティン・ブロミリーさんが立ち上げた、
Clinical Human Factors Group2)という、
医療事故を減らすためのキャンペーンを行う組織があります。

少しずつ、こういった活動が世界の医療界に影響を与えているようです。

最後に、この本は、
他業種の、過去のショッキングな真実などを知るのも興味深く、
特に医療人にはためになる必読書ではないかと思いました。

というわけで、最後まで読んでくださって、
ありがとうございました!

参考資料:
1)失敗の科学 失敗から学習する組織、学習できない組織
マシュー・サイド (著)
2)Clinical Human Factors Group: https://chfg.org/

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